2012年01月19日

2012年

気が付いたら(というわけでもないけれど)年が明けた。

年末年始は実家に帰り、
何年振りかに大掃除とおせちづくりの主要戦力となり、
三が日ずっと家だったりあいさつ回りだったり。
仕事が一日もないのは何年ぶり??

けれど、長く実家にいるのはやっぱり無理みたいで。
もうあそこは「実家」であって「私の家」ではない。
それは自分がそうしたからなので別にそれがいやとかではなくて
ただ、何日もあの空間にいるのはつらい。

病気が治ったらこの感覚は消えるのかな?

少しずつ薬が変わったり、増えたり減ったりしながら、
よくなっているのかそうでないのか。
とりあえず今年もまだまだこの病気とはお付き合いしなきゃいけないようです。
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2011年12月16日

ワガママ

生きてるのが嫌だなあ、と唐突に思う。

病気のせいだと分かっている。
病気が一度治った時、私はそれはそれは健康的な思考で、
確かにちょっとマイナス思考なのは元々で、
なんとなくストレスを感じたり凹んだりしたけど、
それでも「生きていたくない」なんて思わなかった。

今は「もうこのまま生きていたくないなあ」、と思うことがたびたびある。
昨日もまた思った。

私は少しだけ今病気で、病院に通ってて。
でも傷病手当とかあって別に今の生活が苦しいわけでもなくて、
家もあってお金は普通で、親も健在で、
少ないけれど今の自分と普通に過ごしてくれる友人もいて、
週に一度は一緒に過ごしてくれる大切な人もいる。
なのに、唐突に生きていたくない、と思う。

病気だから、病気だから、と自分に言い聞かせても、
もうこんな自分のままで生きていたくない、と自分が自分を拒否する。
ワガママで自分勝手で、すぐに絶望する、そんな自分はどこにも必要ないし、どこにもいちゃいけない。

けど、死ぬのも怖い。
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2011年12月07日

痛み

昨日からテレビで内柴氏の報道が流れるだけで苦しくなる。

昨日はさりげなく「なんか別の面白いのやってない?」と言って変えてもらった。
二回目は無理だった。
声が出せずにただ終わるまで耳を塞いで、目の前にあった彼の胸に顔を押し付けて震えてた。
今日は、つけてない。
でもTwitterでRTされた「女も悪い」って意見を見る度苦しくなる。

私は別にそういった被害にあったことがあるわけではない。
痴漢に、何度かあったのと、
うたた寝してた時に勝手に体をさわられた、そこまでだ。
けれど、この類のニュースとかが怖くてたまらない。
私が痴漢にあった時は全部、男の子のような格好だった。
通学に使っていた電車には女性専用車なんてなくて、逃げ場はなかった。
女性も自分で自分の身を守らなくては、と言われてもこれ以上何をしたらいいかわからなかった。

SEX自体が怖いとかそういうことはまったくない。
彼に抱きしめられるのは、好き。
ぎゅっとされてるのが、幸せ。

ただ、女であるというだけで踏みにじられるものがあることを知らない人が大勢いることが怖くてたまらない。


posted by 博岡叶 at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月16日

休むことが苦手

どうしてもなかなか難しい。


なんというか、なまじ「いい子ちゃん」で学生時代を突き通してしまったせいで
(大学時代はそことの乖離でうつ病になったんだろうけど)
いまだに「休む」「サボる」が苦手。

今、私は一人暮らしをしている。
だからごはんができていなくて困るのは私だけ。
洗濯がたまって困るのも私だけ。
洗い物がたまって困るのも私だけ。
お風呂に入らなくてもだれも文句言わない。
(ので外に出ることがなければ3日くらい入らなかったりする時もある)
なのに、家事をサボることにもとてつもない罪悪感がある。

仕事してた時は思わなかった。
「仕事が忙しいからしょうがない」と思っていた。
(外に出るから風呂には入るけど冬場もシャワーのみで済ましたりとかしていた)
仕事を辞めたら、時間があるのに、なんでできないの?と思うようになってしまった。


今の私はよいとも悪いとも言いにくい状態。
平均すると1週間のうち、2日くらいは遊びに行ける日があるけれど、
2日くらいは1日の大半をベッドの中で過ごしている。

遊びに行ける日もあるのになぜ?
なんでなの?と思ってしまう。

医者からも
「好きなことをしたらいいよ」
「寝てたい時は寝てなさい」
と言われているのに、ただ寝ていたり、遊ぶ、ということに罪悪感がある。


でも今日ある人にあることを言われた。


「叶は今休んでいるわけじゃないんやで。
 『療養中』。
 ゆっくりしたり好きなことするのが仕事と思ったらいいんちゃう。」


なんかスッと心に落ちてきた。
そうか、これが私の今の仕事なのか。
サボっているわけじゃないのか。
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2011年11月15日

学歴なんて

Twitterに少し書いたけど、長くなりそうだったからこちらに移動。

昨日、Qさま見ててちょっと考えた。
いつも思ってることなんだけど、「インテリ芸人軍団」ってくくり、どうなんだろう。
旧職の関係上、大学名と関西の高校名、レベルに詳しくなってしまったんだけと、
あの芸人の半分くらいが「インテ…リ??」と言いたくなる学歴。
(多分コンビで出て片方は高学歴、とかそういうことだと思うのだけど)

別に学歴を重視してるわけじゃなくて、ただすごく違和感を感じるの。
あと、苦しさも。

私、学歴だけなら多分8枠くらいに座れます。
推薦とかじゃなくて普通にセンターと二次試験を通過して入りました。
でもはっきり言って英語なんて4問目くらいまでしか解けない。
社会っぽいやつも六割分かったらいいところ。
当時はできたのかな。でも受験から10年たてばこんなもの。

学歴なんてお飾りにしか過ぎない。
それどころか、中途半端によいだけだとただ苦しむだけ。
大学で5年間苦しみ続けた。
だから、そういう人を出したくなくて教育の道に進んだ。
少しでも「学歴」じゃなく、「自分のやりたいこと」「学びたいこと」のために
大学を選ぶ、そういう力になりたかった。

どれくらいできたのかな。

私の特に尊敬している人たちはみな、学歴だけ見たら私より低い人。
けれど、私より「生きるための力」を持っている。
勉強より大切なこと「も」知ってる。

私は壊れてから自分がただひたすらやってきた「勉強」で学んだことすら忘れてしまった。
だから今の私は空っぽに近い。
だから、余計に苦しい。
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2011年11月10日

考えろ、と

最近なんでもないことに振り回される。
今困ってるのがニュース。
一人でいてほとんど動かない(動けない)ので、音がないのが寂しくてテレビをつける。
しょうもない芸能ネタとか、そういうのはいい。

私が怖いのは
放射能とか原発とかTPPとか大阪市長選とか、
そんな単語。

こういうのを目にする度に落ち込んでしまう。
苦しくなってしまう。悲しくなってしまう。

大事なことだと思う。考えなきゃいけないことだと思う。
けれど、今の私は自分のことだけでもこんなに疲弊してしまっていて
そういうこと考えられる余裕がない。
考えられる余裕ないのに、いろんな情報が飛び交って
そしてテレビもネットも嘘にまみれていて
何を信じたらいいのか分からないのに「考えろ」と言われているようで。

医者には
「自分一人でどうにもならないものにしんどくなってしまうんだね」
と言われた。
そう、私一人ではどうにもならない。

頭が考えることを拒否しているけれど、
多分こうあってほしいという気持ちが自分の中にはもうすでにある。
でも世界が向かう方向がなんだかそれとは逆のようで、
でも自分には何もできない。
そういうのを思い知らされるのがつらいのかな。


去年体調が悪くなり始めてから何度も聞いてる曲がある。
あの時とはまた違う意味でしみる。
すごくすごく明るいメロディーで、自分の応援歌だった。
今は泣きながら歌ってる。


本当の痛みが分かりづらい毎日
TVもネットもどれも本当で全部嘘さ

暗い夜なら泣けるけど 何処へ行っても逃げられやしない
眠らない 止めどないこの街を 強くただ強く僕は見つめてる
見えるまで

go ahead and try*SOPHIA


posted by 博岡叶 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月22日

前を向くこと

ちょっとずつ、
ほんのちょっとずつだけどよくなってる、と思う。
薬は昔と同じくらいの量に戻ってしまったのだけれど、
調子のよい日のよい度があがってきた。
(悪い日の悪い度はやっぱりかなり悪いけど)


再発?当初は家から出るのが怖くてしょうがなかった。
帽子とサングラス必須。夏でよかった、と思った。

最近、調子がよい日は一人で人ごみに出られるようになった。
梅田を一人で歩ける。
・・・とはいえ周りはだいぶ気になるので、常にウォークマン装着ですが。
周りをできるだけ見ないようにしてますが。

そんな変化をメールで報告したら「よかったなあ☆」と自分のことのように喜んでくれた。
「ありがとう、あなたのおかげだよ」と言ったら、

「ううん、叶がちゃんと前向いて頑張ってるからだと思うよ」

と言われた。



前なんて向けていない。
いつだってぐるぐるしていて、三歩歩いて三歩下がってしまうことがほとんど。
後ろ振り返ったり、下向いたり、転んだり。

でも、うれしかった。
「消えたいと思っても消えないでいる」
ただそれだけのことを「前を向いている」と表現してくれたことが。
posted by 博岡叶 at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月29日

死にたい、と

死にたい、と口からもれる。
今の自分の状況考えたら、そこまで悲観する物ではない。
仕事はないけど幸い食べていけないわけではない。
病気も多分そこまでひどくはない。

けれど苦しい。
苦しくて苦しくて死にたい。
叫びたい。なんて?
こんなにも苦しいのは久しぶりで耐えられそうにない。
前はどうやって我慢していたんだろう。
思い出せない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
死にたいっていったらさすがに彼はひいちゃうだろうな。
怒るかもしれない。
けど、この感情は「死にたい」で、
それを我慢してなきゃならないのがつらい。
本気で死のうとか思ってないから。
言わせてほしい、と思うのはわがままだろうか。




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2011年09月28日

薬のせい?

http://m.news-postseven.com/archives/20110928_31335.html

ニュースを呼んで愕然としてしまったので覚え書き。

確かに、医者と相性が合わなかったり正しい治療が受けられない場合もあると思う。
精神科に限らず、ありえない医者はいるから。

けれど、この記事を読む限り
「通院したから」「投薬したから」自殺していくみたいに見える。

薬飲んでるだけで治るわけじゃない。
多くの体の病気と同じく、休養も必要条件。
例に出されてる人は周りが理解してくれず、休養がほんとの意味でできなくて、追い詰められての自殺に見える。
でも通院してなかったら?
休んでないだろうけど結局結果は同じだと思う。

この医療ジャーナリスト、ちゃんとこういう病気のこと理解してるのかな。
こういう記事を書いて薬を飲むことを躊躇したり、
病院に行くことを躊躇したりして、
結果、死を選んでしまう人たちが出るんじゃないかとか考えないのかな。
主張の一部は理解できるけど、後半は完全に誤解を招く記述でしかないように感じる。

薬があってなんとか人間レベルの生活をしてる。
薬を飲んでただひたすら体を休めて心を休めて、
治ることを祈ってる。
それだけなんだよ。





posted by 博岡叶 at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 病気・病院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月14日

理解を求めること

月曜日、たまたま調子がそこそこよく
前から誘われていたライブに行った。
すごく素敵なライブで、
苦しい気持ちがだいぶ晴れやかになった。
で、「ライブ」という言葉は出さずに、ただ素敵な一日だったことをネットの某所で書いた。

そうしたら翌日、
リアルの知り合い(職場関係)から
嫌味ともとれなくはないメッセージが来た。

正直凹んだ。
凹んだ理由はその某所のメッセージを使ってることもあったかもしれない。
携帯のメールも知ってる人なので、
なんでメッセージだったんだ、と。
そしてああわかってもらえないんだなあと言うことを思った。

ただよくよく考えたら私は体調不良で休職する、となっているわけで、
おそらく精神的に病んでいることはみんな気づいていたろうけど、
それでも元気な日と劇鬱の日があるとか、
元気な日は好きに遊べと医者に言われているとか、
そんなことは私が言ってないんだから知るわけがない。
これを知らない以上、腹を立てるのは当然の話で、
私がいなくなって確実に仕事が増えているだろう彼女が嫌味の一つも言いたくなるのは至極当然だろう。
結果的に事情を話したらわかってくれたようだったし。

そうなんだ、私が病気のことを全部話してない以上、
何も知らない周りにはただ単なる怠け者にしか見えない。それが当たり前。
苦しい時に苦しいと伝えてないのだからわかるわけがない。エスパーじゃあるまいし。

苦しいと伝えたにも関わらずわかってもらえないのが困るのだ。
直属の上司はそういう感じだった。だからやっていられなかった。
昔かかった時は親や彼氏がそうだった。

別に苦しみの内容をわかってほしいわけじゃない。
むしろ大切な人にはこの苦しみは絶対に味わってほしくない。「わかってほしい」のは「苦しんでいること」。
経験してなくてもそれはわかる人にはわかるはず。
それがわかってもらえなくてつらかった。

今、私は自分が苦しいことを伝えている人たちからの理解を得られている。
親からも彼氏からも親友からも。
それで十分じゃないか、と思った今日でした。
posted by 博岡叶 at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 病気・病院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする